第10話 白紙の答え

― 書けない一行

真司はペンを握ったまま、白紙のページを見つめていた。

「あなたは、今の人生を『選んで』生きていますか。」

答えは簡単なはずだった。

「はい」か「いいえ」。

それだけで済む。

しかし、その一文字が書けない。

もし「はい」と書けば、自分の人生に嘘をつく気がした。

もし「いいえ」と書けば、これまでの人生を否定することになる気がした。

真司は、静かにペンを置いた。


― 答えを急ぐ世界

翌日、街を歩いていると、あらゆるものが答えを急がせていた。

「3分で分かる。」

「最短で成功。」

「これが正解。」

「迷う必要はありません。」

真司は立ち止まった。

いつからだろう。

「考えること」より、「すぐ答えること」の方が評価されるようになったのは。

学校でも。

仕事でも。

SNSでも。

答えが早い人は褒められる。

でも、「良い問い」を持つ人は、あまり目立たない。


― 本当の試験

その夜、『1984』を開く。

今まで導いてくれた文字は、どこにもなかった。

代わりに、最初のページへ戻されていた。

そして、新しい一文だけが現れる。

「ここから先は、本は何も教えない。」

真司は驚いた。

「どういうことだ……?」

ページをめくっても、白紙。

さらにめくっても、白紙。

最後のページに、ようやく一文だけ見つけた。

「ここから先を書くのは、読者である。」

その瞬間、真司はようやく気づく。

この本は、最初から答えを教えるための本ではなかった。

「自分で考える力」を取り戻すための本だったのだ。

― 新しい物語の始まり

真司は白紙のノートを開き、ゆっくりと一行だけ書いた。

「今日、私は一つだけ、自分で選ぶ。」

それは大きな決断ではなかった。

帰り道を少し変えてみる。

スマートフォンを見る前に空を見上げる。

読みたい本を一ページだけ読む。

そんな、小さな選択だった。

窓の外では夕焼けが街を染めていた。

世界は何も変わっていない。

けれど、真司の見え方は少しだけ変わっていた。

そして机の上には、閉じたはずの本が静かに置かれている。

次回 最終話 1984。