「強さに拘り弱さを憎んだが、弱さを見ずに進むことは出来なかった」

今日は、発作に関する事を書きますので体調の悪い方は無理をしないで読んでね。

( ̄▽ ̄)。

あ!今日「は」真面目な話ですよ(笑)。

いやいや、「も」だった(-。-)。

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それでは、ゆっくりとスタート!!!。

もう、20年以上前ですが発作が毎日のように起きて、何ていうか余裕もなかったし、頭の中が不安でいっぱいでした。

そんな自分は「弱い」んだと思いました。

そう思った部分と、そう思う事で自分を鼓舞する為でもありました。

まあ、それは今でもありますけども(笑)。

そんな生活の中で「強さ」に対し凄く拘った時期がありました。

ゲームでも漫画でも主人公達は困難を乗り越え、やがてやり遂げる。

そんな中、吉川英治さんの「宮本武蔵」を赤線を引きながら読んでいました。

そして、吉岡一門と闘う場面を読みながら地下鉄に乗っていたのを今でも覚えています。

「強さ」とは何だろうか?。

電車に「乗ろうとする」、歯医者に「行こうとする」、美容室に「行こうとする」・・・○○しよう、と思うだけで動悸がする。

そんな、自分が何とも「弱く」感じた。

今でも、多少思います(笑)。

そんな、「弱い部分」なんて捨てられないのだろうか・・・と。

でも、「捨てる」「乗り越える」など、表現の感覚は人それぞれ違うのでしょうが、先に進む為には自分の「その部分」を見ない訳にはいかないと思います。

「見ないふり」は出来ない。

「出来るのかも」知れないけど、それは「その場しのぎ」で直ぐにまた、元に戻ってしまう。

「不安」であり「情けなかった」し「何とかしたかった」から、ノートに書いたり、本を読んだり、運動したり色々やりましたし、今もやっています。

何回も書いていますが、私は自分の「出来ない事」を認めるのは弱さではないと思う。

言い訳はいくらも出来ますよね。

「俺は馬鹿だから」「今更やったって」「あの人達は自分とは違うんだ」。

でも、何も変わらない。

自分で自分から変わる行動をするしかない。

それが、他人から見たら「出来て当たり前」の事でも。

時には恥ずかしいかもしれません。

時には情けないかもしれません。

それでも、自分で手を動かし、頭を使いやるしかないのです。

自分から手を動かさない限り、他人が親切に「当たり前に」教えてくれるなんて事はありません。

ちなみに、私は「今!!」算数の勉強をしていますが、普通に「楽しい」ですよ?(笑)。

ちなにみ、私は「今!!」字の練習をしていますが、普通に「楽しい」ですよ?(笑)。

ちなみに、私は「今!!」も人生からや仕事について勉強していますが、やっぱり「楽しい」ですよ?(笑)。

ちなにみ、私は「今も!!!」ゲームをしてますが、やっぱり「楽しい」ですよ?(笑)。

ちなみに、私は「今も!!!」ギターについて悩むことは沢山あるけど「楽しい」ですよ?(笑)。

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算数の勉強をやり直してから、仕事で計算が必要な時、以前より簡単に以前より深く計算出来るようになりました。

字の練習をしてからは・・・まだ、変わっていない(笑)。

人生や仕事の勉強をしてから、何ていうか・・・やっぱり「以前と違う考え」が生まれます。

ゲームやギターをやる事で、気持ちの切り替えが出来ているのかも知れません。

各々の時間は短いけどひょっとしたら、これらの事柄は「細く薄い線で繋がっている」のかも知れません。

確認出来ないけども。

何となく、こんな事を書いてみました。

私の「善意」という訳ではありませんが「何かのきっかけ」になってくれれば嬉しいです。

あなたの「前進」を祈ります。

では、読んでくてありがとう。

じゃ、またねー。

バイバイ。

わっはっはっ( ̄▽ ̄)。

拘り(こだわり)→insistence.