― 本のない図書館
休日の朝。
真司は地図に新しく現れた言葉を見つめていた。
「沈黙の図書館」
図書館なら知っている。
最近は行ってないが、心が重い時よく通っていた。
だが、どこへ行っても地図に描かれた場所は見つからなかった。
夕方、帰宅して『1984』を開くと、一枚の紙が静かに落ちた。
そこには一行だけ書かれていた。
「本を探すな。沈黙を探せ。」
真司は首をかしげた。
図書館なのに、本を探すな?
意味が分からなかった。
― 音で埋め尽くされた世界
翌日、真司は一日を注意深く過ごした。
冷蔵庫の音。
テレビの音。
店内放送。
スマートフォンの通知。
動画。
音楽。
誰かの話し声。
静かな時間が、ほとんどない。
帰宅してテレビを消す。
スマートフォンも伏せる。
部屋には時計の針だけが時を刻んでいた。
「こんな静かな夜は、いつ以来だろう。」
その瞬間、頭の中に浮かんだのはニュースでもSNSでもなく、子どもの頃の記憶だった。
夏休み。
蝉の声。
忘れていた景色が、ゆっくりと戻ってきた。
― 図書館の正体
真司は突然気づいた。
沈黙の図書館とは、場所ではなかった。
人の心には、本棚がある。
そこには経験、思い出、後悔、喜び…。
人生で読んできた”本”が並んでいる。
しかし、騒がしい毎日の中では、その本棚を開く時間がない。
だから、自分が何を大切にしてきたのかさえ、忘れてしまう。
「図書館は、私の中にあったんだ。」
真司は静かにつぶやいた。
― 読まれていない本
『1984』の最後のページが、ゆっくりと光り始めた。
そこには新しい言葉が浮かび上がる。
「人は一生のうち、一冊だけ読まずに終える本がある。」
その下には、さらに小さく書かれていた。
「その本の題名は、『自分』。」
真司は息を止めた。
部屋の時計が静かに九時を告げる。
窓ガラスに映る自分の姿は、少しだけ穏やかな表情になっていた。
本の裏表紙に、今までなかった黒い扉の絵が現れた。
その下には、たった一言。
「第九の扉を開けよ。」
――第9話へ続く。
