「比較しないというのは本当に正しいのか?」

このブログでも何度も書いてますが、他人と比較をして自己嫌悪に陥るのは不健康。

比較によって自分の弱さ、出来ない部分が見えるから。

他人が当たり前に出来て、自分には出来ない。

しかし、それが自分の特性として武器になったらどうだろうか?とふと思った。

比較をすることで、自分の特性が見えることはあります。

それが、本当に弱点ですか?

逆に出来ると思っていることが、大多数が出来ることで、人材価値は小さいかも知れない・・そんな考えもある。

比較をする→自分の弱点を知る→自己嫌悪に陥る。

この中で不必要なことは、最後の「自己嫌悪に陥る」部分。

この部分は不要ですが、自分の弱点を知り、それが自分を生かす鍵かも知れませんよ?。

弱点をひっくり返し強味にする、ということを戦略として考えると、かなり難しいのではないか?と私は思う。

弱点克服は本当に幸せに向かうのだろうか?

その可能性について私自身に当てはめて考えて見ました。

1.時間が掛かり、かつ苦痛が伴う。

2.出来たとしても、それが「自分の最大値だとしても他人の最小値かも知れない」ということ。

つまり他人にとっては「当たり前のこと」かも知れないということ。 

3.激しい自己嫌悪に陥る可能性がある。

これは、不幸に進んで行く方法ではないかと思いますが、皆さんは自分に当てはめるとどうでしょうか?。

あなたは自分の弱点をどう、受け止めていますか?。

何故、このような記事を書いたかというと、私は「やろうとしてしまう」んです。

そして、辛くなる。

好奇心により楽しんで取り組んでいる事は良いのですが、「弱点克服」については取り組む前にしっかり考えて欲しい。

そのことを私はあなたに伝えたかったし、考えるきっかけにして欲しい。

そんなことを考えました。

まだ、天気が安定せず、辛い日々が続く可能性がありますが、お互い乗り切りましょう。

読んでくれてありがとう。

またね。

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