遥かな旅

※私、ko_roroが書いてます。

帰宅度、急にドラクエ4のデスピサロの曲が聞きたくなり動画で聴いていた。

それからドラクエ2のフィールドの音楽を聴きながら過去に思いを馳せていた。

私→「そういえば、ドラクエ2は自転車でおもちゃ屋を色々探し回ってやっと買ってもらったんだな・・」。

あれから、どれくらいの年月が経ったのだろう。

小さなブラウン管のテレビ。

ぼんやりと覚えているあの交差点。

駅前のおもちゃ屋。

年を取ったから感傷的になっているのか、それとも心の動きがそうさせるのか・・。

気が付けば「不安」という色に染まっている。

健康、お金、愛情、仕事、収入、承認・・・。

気が付けば、楽しいから、とか、楽しそう、とか、何となく、とか、そういった直感ではなく、

それをすると「安心」になれるのか・・・っと。

言語化できない思いはいつからか「安心」という報酬を求めて彷徨う。

・これをやったら将来「安心」だね。

・これをやっとけば「安心」さ。

全て「安心」を求め、ただ、彷徨う。

実は「それ」が欲しいのではなく、安心が欲しい。

いつから、こうなったのだろう・・・。

「大人」として必要である能力だと思う。

能天気にその日のことだけを考えて生活は出来ない。

壁に貼ってある、自分が叶えたい言葉達。

収束地点は安心に向かっている。

「悪い」ということを言いたいのではなく、ただ、「楽しいから」とか「楽しそうだから」という思いが抜け落ちていることに寂しさを感じる。

大切な人はいつか思い出に変わる。

子供の頃の風景がそうであるように、その時は気付かなくても、振り返る時が来る。

振り返ったとき、ただ、安心だから選択した、とか、無駄だから、無駄と思ったから回避した、だけだと、この遥かなる旅は味気なくなるのかもしれない。

ほんの少しの好奇心。

「お、楽しそうだ」・・・そんな軽い気持ちでやってみることがあってもいいのかも。

そんなことを急に感じ久しぶりに夜、ブログを書いた。

では、読んでくれてありがとう。

またね。