事前の恐怖と事後の恐怖

※私、ko_roroが書いてます。

久しぶりに家族でスーパーで買い物をした。

ちょうど、お昼の時間でとても混んでおりレジも並んでいた。

私のが会計をしようとしていると、隣の高齢者の方が支払いが分からないらしく店員さんが対応してました。

その間、レジは止まっていました。

自分が急いでいる時や、買い物の数が少ない時にはイライラしてしまうことはある。

これは、人間の感情としてしょうがないと思う。

今までは、こういった助け合いは「しょうがないよね」という感情だったかもしれないけれど、これからは

「必要になる」

と思う。

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フィジカルAIが本格化した時に、便利で、早くて、正確(・・だと思う)で、現在、感じているストレスは無くなるかもしれません。

ただ、人間との関係が希薄化した時に、私達の心がどうなるか、誰も分からない。

リモート・ワークをしている方、したことがある方は分るかもしれませんね。

今までの、職場の「生の雑談」が一切なくなり、画面上でのやり取りで完結する。

それが、どういった影響を与えたか。

私は、全て現場の仕事だったので分からないけど。

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今後、

あなたの

心と身体は健康である。

と、

誰かと契約しましたか?。

その契約は、絶対、守られますか?。

私はしていませんし、出来ないので、自分なりに気を付けている。

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気が付けば、頼れる人間が居なくなる。

自分が意識していない時間の流れの中で、自分では対応できないシステムが生まれ、かつ、それを使うのが必然であり、不可欠になる。

不可欠になる、とは、使えないと不便・・ではない。

家族が居る人も、居ない人も、個人で対応できる範囲を超えるでしょう。

しかし、他の個人にも余裕はなく、それが、社会全体の余裕をなくしていく。

それでも、避けることが出来ない。

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一方、自分が若い頃そうであったように、自分の若さや健康が「ずっと続く」と勝手に思い込み時には傲慢に過ごす。

これは、誰もが通るでしょう。

後は、どこで気づくか。

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必要なものの量が多すぎて不安が具体的な恐怖に変わる。

健康、お金、人間関係、災害、世界情勢、テクノロジーの操作、考えれば際限はない。

準備は必要だが、事前に全ての準備は不可能。

結局、「ある程度」は事後・・その時に考え行動するしかない。

そうでないと「準備」で人生が終わる。

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明日、続き。